摂政基経 6.元慶の乱 日本が干害に襲われて大変なことになっていることを理解して渤海使たちは帰国した。 朝廷はこれで干害対策に専念できることとなった、はずであった。 しかし、現在の科学でも干害はどうにもならないのに、この時代の科学ではもっとどうにもならない。できることと言えば神仏への祈りだけなはずであった。 ところがここで、基経が一つのアイデアを出した。 神仏への祈りを捧げる代わりに、神社や寺院の施設に組み込まれている池の水を川に放流しようというのである。祈りを捧げても効果無いなら池の水を干害対策に使ったって構わないではないか? 池の水を使うことに天が怒りを見せるのであれば、それは執政者たる自分の責任であるのだから、自分を摂政から罷免すれば良いではないか...2012.04.01 01:30平安時代叢書
摂政基経 5.源能有 清和天皇の兄の源能有の存在価値は日に日に向上していた。 反律令の現実主義の政策を進めるとき、壁となって立ちふさがる集団が二つある。一つは源融のように反律令ではあるものの基経には味方しない者、もう一つは律令を墨守する学者派である。 こうした反対派に真っ向から向かい合っていたのが能有であった。基経が反対派に向かい合うといっさいの政務が停滞するというのはすでに判明しているので、基経が反基経に向かい合うことなく政務に専念するために、基経自身に代わって誰かが立ち向かわなければならなかった。それを能有が一手に引き受けたのである。 能有と源融が内裏で口論するという光景は珍しくなくなった。これは源融に言わせれば目障りな人物が立ちはだかっていること...2012.04.01 01:25平安時代叢書
摂政基経 4.藤原良房死去 貞観一三(八七一)年一二月一一日、加賀国に渤海国から楊成規を大使とする渤海使が来日したとの報告が届いた。 唐は混乱が激しくまともな外交使節を送れない。 新羅に至っては今まさに戦争をしている最中である。 そんな中、渤海だけは日本との外交を続けることができたのである。 かつては互いに使節をやりとりするのが通例であり、日本でも奈良時代までは積極的に使節を派遣していたし、派遣された使節を迎え入れていた。 ところが、いつからか、外交使節は格下から格上へ派遣することとなった。滞在費用は使節を迎え入れた格上が出すのだし、帰路の船の用意だって迎え入れた国の方がするのだから、格上だと言ったって軽い負担では済まない。 しかし、格を求めるとなると、至急...2012.04.01 01:20平安時代叢書
摂政基経 3.対新羅戦 新羅との戦線は膠着していた。 一方的に侵略を食らっているわけだが、上陸を許しておらず海の上での戦闘に終始している。また、海の上での戦闘も最近は行われることなく静まり返っている。 新羅の立場に立てば当然だろう。 侵略しようとしているのに、侵略されている側の抵抗にあって目的が果たせず、隙をみようにも警戒を解いていないのだから動くに動けない。新羅が頼みとした日本国内の海賊の動きは静かなもので、活動がゼロというわけではないが、武士たちが手強くてこちらも動くに動けない。 戦争を決意したものの、予想していた結果、すなわち、日本の降伏など考えるだけでも今となっては無駄な願望。かといって、侵略をなかったことにするのは国のメンツに関わるというわけで...2012.04.01 01:15平安時代叢書
摂政基経 2.武士たち 現在の日本で言えば、法人税を引き上げたり、サラリーマンへの課税を強めたりと、現在の税負担を一手に引き受けている現役世代に対するさらなる負担の増加は、失業の増大と生活の困窮化によりかえって税収の減少を招いて失敗に終わるが、税負担を逃れている者、たとえば宗教法人への資産に対する課税を強めれば税収を増やすことができる。 この時代も同じ理屈だった。税負担を逃れることができた特権階級への課税を強化しなければならないのにそれはできず、増税となるとターゲットとして狙われるのはとりやすいところとなる。 ところが、そのとりやすいところというのはあまり生産性の高くない田畑なのだ。貴族の立場で考えれば理解できなくもない。自分の名義を貸すのは、農民を守る...2012.04.01 01:10平安時代叢書
摂政基経 1.清和天皇 芥川竜之介の作品の中に『芋粥』という短編小説がある。そのあらすじを簡単に記すと、『平安時代初期のとある貴族に仕える侍の中に、好物である芋粥を一度でいいから腹一杯食べてみたいと普段から考えていた貧しい侍がいて、その侍が敦賀にまで足を運んで地域の有力者に芋粥を大盤振る舞いされる機会を迎えると、かえって芋粥をほとんど食べることができなかった』という話である。 芋粥はこの時代の最高のご馳走の一つであった。と言うのも、普通の人ではなかなか食べることのできない甘味料である甘葛(あまづら)を大量に使った料理だからである。甘葛の甘さは砂糖からはほど遠く、甘味料が大量に安く手に入る現在ではむしろ甘さを控えたジュースといったような甘さに感じられるが、...2012.04.01 01:05平安時代叢書